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ほっとする禅語

「ほっとする禅語70」渡會正純 石飛博光・著

書とその言葉の説明から構成されている本です。

「禅」に興味があったわけでもなんでもないのですが、偶然手に取りました。説明はとてもわかりやすく、かつ、とても美しい言葉で書かれています。

最初のページを見ると「日日是好日」という言葉があり、この言葉がとても好きなので、なんかピンときて買ってしまいました。

するとこれがとても面白いのです!「禅」といううとなんだか小難しい、厳しそう・・・というイメージだったのですが、本当は、人の心のあり方を、とても端的に表現したものだったことがわかりました。 

勉強になるのはもちろん、本当にほっとします。性格には、はっとした後、大切なことに気づき、ほっとする。そんな感じです。

全ての言葉を頭につめこむのではなく、ゆったりとした気持ちで書を眺めているうちに、なんか気になる言葉があって、説明文を読んで「へぇ~、ほぉ・・」なんて思ってるうちに、その言葉の奥深さに「は~っ・・・」となる。

なんだかこの本を読んでると、やたらと息を吐く。リラックスできるのはそのせいもあるかも?

で、思ったのですが、人の話を聞いて「へー」とか「ほー」とか、感心して「はぁー」っていうの、すっごく健康にいいんじゃないでしょうかね?つまり人の話をちゃんと聞くことって健康にいい?その上、自分のためになって一石二鳥かも!

なんて、独りよがりなことを考えつつ楽しんで読んでいます。

ちなみに私の今日の言葉は「喫茶去」。。。 「よくいらっっしゃいました。まずはお茶でも召し上がれ」という意味の言葉ですが、その奥には、他人にお茶を出す余裕がありますか?という問いかけがあるのです。

意外にこういう余裕、なくしてしまってますよね。これは私の解釈ですが、他人にお茶を出す余裕もない私なんかは、まず自分にお茶をご馳走してあげて、自分の機嫌をとってから、他人にお茶を出す余裕が出るのかも。未熟な私は、まず自分の機嫌をとるのです。これは斎藤一人さんの受け売りですが・・・。

でも、どんな方法であれ、余裕のある自分でいられるように、そして人にやさしくできるようでありたいものです。

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